趣味シュミ

ログイン

ユーザーブログ詳細

短歌を詠んで あなたも歌人に


ネイティブの日本語話者だったら、だれもが楽しめ全くお金をかけずにできる趣味が短歌を詠むことです。小中学校時代に国語の教科書で、有名な短歌は誰でもが接したことはあると思いますが、ただそれが短歌を詠むきっかけになった人はあまりいないかもしれません。



かくいう私も、学生時代はただ勉強の一環として、「そういう意味がある短歌なのか。」と解釈しただけで通り過ぎてしまっていました。



 

 しかし、齢40を過ぎたある日、西行法師の



「心なき 身にもあはれは しられけり 鴫立つ沢の 秋の夕暮」



という百人一首の中の歌人でもある西行法師の詠んだ歌を中学校の国語の教科書で偶然目にした時に、その光景がまざまざと目に浮かび、自分がその場にいて、鴫がいなくなってしまったことにより、ひとしお寂寞感が増した沢の様子を見ているような気分になり、衝撃を受けました。



 心を動かされる情景が歌になる

 
 それから、私も何かふと心が動いたとき、その時のその場の様子を短歌に詠んでみようと思うようになりました。例えば数年前のこの時期ちょうど、桜が散り始めて、惜しいなと感じていました。その日は晴れていて富士山もよく見えていたので



 
「木の花の 咲くや散りゆく 行く春を 久遠の富士は 惜しみつつ見る」




 と詠んでみました。富士山は私たちからすると、何万倍も長い寿命を持っているけれど、多分富士山も毎年桜が散るのは惜しく感じるだろうなと、富士山に自分の気持ちを託した短歌です。                                  
                                                      

 


また今年の春、木蓮の花が咲いてしばらくたった夜に雨が降りましたが朝には上がっていました。雨が降ったことが木蓮の花弁に雫が残っているのでわかりました。そこで、


             

夜が明けて 白木蓮の 花びらに 雫を残し 雨立ち去りぬ

と一首詠んでみました。

 
短歌になるのは自然や景色ばかりではありません。人の行動も短歌にすることができます。

近所の小川で制服を着た高校生たちが、絶滅危惧種のドジョウの生息状況を調査していました。制服姿がなんとなく慣れないことを一生懸命やっているように私には感じられたので、

 
「初々し 制服姿 若人ら 捕って放つは 絶滅危惧種」

 と短歌に詠んでみました。

 

人の気持ちも歌になる


 友人から、「桜の花びらがいっぱい落ちていて踏んで歩くのがおしいようです。」とメールをもらったことも短歌にしてみました。

 
「薄紅を 散り敷く上を 踏みかねて 友は帰らん 一人夜道を」

 
 また、昔の思い出を短歌にすることもできます。昔働いていた職場のわきに水路があり、だんになっているところが、小さい滝になって、いつもキラキラと水が落ちていて、周りの木々に光を反射していました。まるで、その様子が滝にいるという瀬尾律姫様がいるようだなといつも感じていたことを懐かしく思い出し

 

            


「木漏れ日の 光を浴びる 滝水は 瀬織津姫の おわしますかな」

と一首詠みました。

 
 
せっかく「お花見に行こうよ。」と夫を誘ったのに「いつも車で見ながら通るからいいよ。花見って酒飲みの酒を飲む言い訳だから。」と言われてがっかりしたときも


 
「お花見を 誘えば 夫言うことは それは酒飲む 言い訳だよと」
というように歌にしてみました。


 作るだけではない、いろいろな楽しみ方
 
 日本語は、上手く 五七五 七七 とぴったり定型にはめ込めばそれだけで、思ったこと・感じたことが短歌となります。ぴったりとはまる三十一文字にできた時、「やったね!」という気分になります。
 
 あとはそれを忘れないように、メモをしておいて、後に「短歌コンテスト」に投稿するのもいいですね。歌会始のお題の歌を詠んで投稿すれば、入賞して皇居に招かれるかもしれません。ただ投稿サイトで「いいね」をもらうのもいいでしょう。サークルや短歌仲間がいる方は共に吟行(題材を見つけ歌を詠みながら歩くこと)されるのもいいかと思います。


PAGE TOP